『子どもたちの生きる力を確実に育む』教育改革

2020年(令和2年)、戦後最大の教育改革と言われているように、教育が大きく変わります。
それに伴い、指導要領も変わってきています。
何を学ぶかだけではなく、どのように学ぶか、何ができるようになるのかを重視して、子どもたちの生きる力を確実に育むことを目指すと言われています。
学校で学んだことを活かして、自分の道を切り開いていく力を養うことが目的です。
つまり、指導者も子どもたちも大きく変化する中で教育がなされていきます。

これまでを振り返り、これからの人生のテーマを見つける

教育改革や家族の変化など、私にとって今年は特別な年であり、指導者としても新たな指針を立てる年でもあります。
そのために、まずこれまでの経験や行ってきたことを振り返り、そこから効果的な未来を再構築してみることにしました。
実際に振り返りシートで、これまでの人生を綴ることで、できていること、やり残したこと、これからやるべきことが明確になり、自分自身の未来設計の整理もできました。
以下、事例としてこれまでの私の人生1期から3期までを振り返り、これから未来の4期のテーマを綴ってみました。

●人生1期
自分形成
●人生2期
山口の子どもと保護者に伝える
学生に伝える
●人生3期
ソーシャルビジネスとして広く指導者に伝える
そして子どもに親の信念を伝える
●人生4期
全国に核となる人を育て伝える

人生1期  自分形成

人生第一期は、育ってきた環境とその後の大学生活、臨時採用教諭、演劇生活、養護学校教諭生活の中で、自分の人生の指針を見出すまでの期間です。
平成7年に「つばき教育研究所山口分室」として立ち上げて今年で25年目になります。
教員免許を取得し、小学、中学教諭をしていた私がなぜ、学習に困難な子どもたちの学習支援を行うきっかけになったのは、ある荒れた中学校での生徒たちとの出会いでした。多感な年齢の生徒たちと向き合いながら、様々な経験をすることになりました。
建前では通用しない教員生活を送り、一つの答えが出ました。
それは、『本音でぶつかることと本音を知ることが教育の原点』だということです。

それから、東京都新宿区立新宿養護学校に籍を置くことになり、寝たきりの音声言語で表現することが難しい子どもたちと接し、本音しか通用しないことをここでも経験し、「心でぶつかる障がい児教育」へ導かれていきました。こうした出会いが今の私の原点になっているのです。

その後、夫の転勤で山口県に生活の拠点を移し、養護学校に勤務することになりました。これまでの経験を活かし、積極的に障がい児教育に携わってきたのですが、いきなり理想的な環境になることはありませんでした。
この頃都では、医療的配慮のことが話題になっていたのですが、その地域のやり方もあったのでしょう。理想と現実の間で時にぶつかりあうこともありました。
この時に感じたことは、「子どもの状態や保護者の思いは、都市も地方も同じであるにも関わらず、意識とサービスがあまりにも差がある。」ということです。
落ち込みつつ怒りつつ、頼って来てくれる子どもたちや保護者の方の味方になろう!と思い、今の場所を飛び出して、私の山口での挑戦が始まりました。

人生2期  山口の子どもと保護者に伝える

まずは、徳山(現周南市)のお子さんのご自宅で、5名の幼児さんの学習支援をスタートしました。
口コミで広がり、秋には社会福祉センターを借りながら月2回学習指導を行いました。
その後、自宅を構え、養護学校を辞め、学習支援に専念するようになりました。
しかし、子どもたちが、同じ時間帯に集中するため、早めの時間帯、登校前の時間帯に来てもらうことになりました。
そのため、遅刻早退扱いにならないように、社会的認知のある立場にしなければと、あちこち駆け回ったのですが、乳幼児から児童まで年齢層が広く障がいも様々だったため、行政区分の法律には乗らず、平成12年には平成12年はNPOの認証を受け、現在の建物にセンター移すことになりました。
この時、すでに100名を越えている子どもたちが在籍していました。
口コミや紹介で指導を受ける子どもたちは増えるのですが、やはり大切なことは指導力です。
子どもたちの状態も様々であり、指導用の教材、教具は既製品だけでは達成できませんでした。
そこで、積極的取り組んできたのが、「教材開発」と「指導力スキルUP」です。
子どもの状態は千差万別であり、それに合わせた教材をそれぞれに作ることは不可能ですが、指導中にでもカスタマイズできる教材作りが日々繰り返されていましたし、今も教材開発は続いていて、試作品を何度も作り、手直しを繰り返しています。
ただし、現在は耐久性や安全性、子どもたちが触って使うことに配慮して、完成品は重田木型さんにお願いしています。

人生3期 ソーシャルビジネスとして広く指導者に伝える
そして子どもに親の信念を伝える

平成16年7月、夫は転勤のため単身東京へ、山口に転勤後間もなく生まれた長男は8歳、NPO認証後間もなく生まれた長女は4歳になっていました。
「心でぶつかる障がい児教育」という私一人の思いに賛同してくれる方々のお陰で今があります。
ホームページ作成、広告作成、教材製作、そして、スタッフ、もともとの業務以上のことを自分のことのように親身に考えて取り組んでくださっていることに感謝しかありません。
このように私の思いに賛同してくださる方があるように、私自身も誰かの賛同者であるべきだと考える時期でもありました。
そして、自分がやって来たことは、ソーシャルビジネスであり、社会課題を解決すべき仕事であることに気付かされ、さらに困っている子どもたちや保護者の方、支援学校や特別学級の指導者の方々に声が届くように、またそのような方々の役立つ立場でありたいと考え、ソーシャルビジネスコンテストにも出場するなど、活動そのものをより多くの方に知っていただくことしました。

人生4期 全国に核となる人を育て伝える

人生3期までを振り返ると、やはり私は「教え伝える人生」なのでしょう。
現在、未来の指導者になる学生を育てています。
また、セミナーでは私たちが研究を重ねてきた指導法を発信しています。
今後、さらに全国で核となる指導者を育成して、学習に困難な子どもたちが幸せになれるシステムを構築してまいります。
私たちはこれまでの「障がい児教育」で培ってきた指導を今後、指導者の方々に役立てていただくために、より利用しやすい新たなシステムを準備中です。
是非、楽しみにお待ちください。


3連休に久しぶりに家族で食事をする機会があり、そこで話題になった「マズローの欲求段階説」。

マズローの欲求段階説(自己実現論)とは

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものです。

ことの発端は、長女の悩みに対して、長男のアドバイスでした。
長女は、今打ち込んでいるものに対して、結果が出せていないこと、自分のやりたいことの整理ができていないことなど、今の環境に居場所を見つけられずにいたようです。

そこで、長男からのアドバイス

  • 落ち込んでいる時に決断をしないこと。
  • 成績の良し悪しだけで責任を感じることはない。
  • 引きずられないこと。
  • やりたいことをやり通すこと。
  • やり終えた時にその過程が大事と感じるもの。
  • 選択肢が多い時には、リスクが少ないものを選択する。

ここまで黙って聞いていて、私も指導者の癖が出ます。
そこにあったお店のちらしと持参の付箋を取り出し、今できていること、やりたいこと、それができるベースである環境について整理してみることにしました。優先順位、時間の配分ができることで前に進めると思ったからです。

  • 今できていて、次の結果につながるプロセスが見えるもの
  • 未知のことだが、やってみたいこと
  • 生活のベースとなるもの

ここに、学生に心理学で教えているマズローの欲求の階層と関連付けてみました。
マズローの欲求5段階説では、「人間は、自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」と仮定し、人間の欲求を5段階に理論化しています。


マズローの欲求段階説

  • 第1段階 生理的欲求
  • 第2段階 安全欲求
  • 第3段階 社会的欲求
  • 第4段階 承認欲求
  • 第5段階 自己実現欲求
  • その上  自己超越の段階

二学期になり、初日から給食ありの学校が増え、通常の生活に戻る中、学習進度も通常に戻り、なかなか精神的についていけない子どもたちがいます。

入学当初はスロースタートで、ひらがなを読んだり書いたり、算数は絵の数を数えたり、数字を書いたりしていたのに、二学期以降、80文字の漢字と一桁同士のくりあがり、くりさがりの計算、時計の時刻を読む学習が行われます。

国語の学習

 【1学期】ひらがなの読み書き  
 ↓  
【2、3学期】  漢字(1年生の配当漢字は80字)  、カタカナ  

算数の学習

【1学期】1けたの足し算と引き算(繰り上がり・繰り下がりなし)  
↓  
【2、3学期】1桁同士の繰り上がり・繰り下がりのある計算  

当センターの新規利用者の方の月別推移を見ても、7月、12月、3月が増えます
区切りの時期に、何とか遅れを取り戻したい気持ちと教え方がわからない保護者の方の悲鳴を推察できます。

子どもひとりひとりの個性が違うように、特性も異なり、教え方も異なります。
まずは、目の前のお子さんの様子を細かく観察してみてください。
わからない原因が見えてきます。
どこまでわかってどこにつまずいて次に進めないのかが見えてきます。


この夏、久しぶりに4泊5日の動作法、療育キャンプにスーパーバイザー、総合指導の役割で参加しました。
私の班の5名のうち2名は、1歳9ヶ月のダウン症の赤ちゃんでした。
担当は4月から大学生になった初心者マークの学生です。
同じ年の娘を持つ私は、正直不安はありつつも我が子よりはるかにしっかりした学生たちに、最後に感動を与えたいという強い思いを抱きました。

1日50分3コマと、集団療法。
2泊3日の途中参加の子どもたちでしたが、体力的に持つかなという思いと、食事がまだ離乳食のため、毎回の再調理の不安を抱えての初日でした。
再調理のために、電気ポットとポリ袋、購入した増粘剤を持参し、私が再調理する気で臨みました。
同じ離乳食形態の肢体不自由のお子さんと赤ちゃんの食事をお母さん方と作る中、2日目の夕食頃には、私がいなくてもお母さん方が仲良く作るようになりました。
瓶詰めの離乳食も持参していたようですが、みんなと同じ食事を摂ることができ、体力の元となる栄養もこれで安心!これから、赤ちゃんが参加しても大丈夫といえる体制ができました。

話が前後しますが、肝心の訓練の話。
目の前の赤ちゃんをかわいいと思いつつ、この丸い体を何とかしなければ…少しでも自分から移動できるように…ダウン症の赤ちゃんでも、すでに筋力の弱さから独特な体つきになっています。

計7回の訓練で変えなければ…すでに目の前にいる子どもたちは、トレーニーなのです。
でも、動作法は、他動で動かしたり弛めたりするのではなく、あくまでも自体を意識して努力して、身体運動に繋げるのは子どもたち本人です。
トレーナーである私たちは、そのお手伝いをしています。だから、子どもの気持ちに寄り添い、適切なかかわり方が大切なのです。
毎回、涙と汗でぐちょぐちょになりながらも、子どもたちは寝ることなく頑張りました。本当に…。

初めてつかまり立ちしたMちゃんは、どんな世界を見たのでしょうか。
ドシンとお尻で地面に触れていたのが、2本の足だけで身体を支え、上から見た世界は、恐い中でも驚きと感動だったのではないでしょうか。
Tちゃんの丸い背中はスッキリ。タテに芯の入った時は、私たちも気持ちいいほどすっきりします。
そんな気持ちを抱いたのでは…。「私を見て!」そんな眼差しで見つめていました。
最終日は何と、泣かずに、身体に向き合っているようにも感じました(^-^)v
お母さんも感動でしたが、それ以上にぐちゃぐちゃに泣いたのは、大学1年生の彼女たちでした。
1歳9ヶ月なんだよね、と、あらためて思いつつ、1歳の赤ちゃんたちが、学生を育てたんだなと、感動でした。

動作法キャンプには、他にもたくさんのドラマがあります。だから、30年以上続けています。
今年の夏、8月3日に創始者の成瀬先生がお亡くなりになりました。山口県メンバーもたくさんご指導いただきました。
寂しさの中での今回のキャンプでした。赤ちゃんから元気をいただき、やっぱり先生の教えはすごい、やっぱり必要な訓練、と感謝したキャンプでした。


人は様々な人の影響を受けながら、成長していくものです。つまり、人は経験から多くを学び、生きる力を身につけていくことが大切ということです。
そのためには、よい経験に出会うこと、経験から学び学習すること、よい経験ができる環境の場があることです。
指導者として気づかないことも、親として子どもの成長を振り返ってみると、色々な気づきがあります。

『否定しない」出会い

長男は中学校の3年間は部活に明け暮れ、高校受験が間近にせまった12月になってもお尻に火がつかず、やきもきして家庭教師をお願いすることにしました。
この先生との出会いがのちに長男の人生を変えることになるのです。
まず、先生自身がストイックであり、決して長男の決めた志望校を否定しませんでした。
それどころか、長男の夢の実現に向けて、子どもの性格と生活を考慮してプログラムを立ててくれました。

ところが、長男は課題を期日までに終わらせずだらだらした姿勢が続き、先生が腹を立てて帰ることもしばしばでした。
年が明け、少しずつ先生の指導に向き合えるようになり、目標であった志望校に合格することができました。
このことがきっかけで、先生に対して絶大な信頼をもつようになりました。

現状で、合格できるレベルの高校や少し努力すれば合格できる高校を選択するのであれば、指導する先生も長男も楽な受験になっていたことでしょう。
しかし、レベルに合わせるのではなく、目標に合わせて指導法をプログラムするという、まさに私たちの目指す指導法と重なるところを感じました。

人生観に感銘を受ける出会い

高校に入学し、陸上部の顧問から棒高跳びを勧められました。部活は競技テクニックを指導されるだけではなく、一瞬で集中力を高め、よい結果を出すためにメンタルなサポートもされていたのでしょう。長男は棒高跳びの指導を受けながら、指導者の先生の人生観に感銘を受け、慕い、自分自身も高校教師として棒高跳びの指導者になる夢を抱くようになりました。
これも、よい経験に出会うこと、経験から学び学習すること、よい経験ができる環境があることの一例です。

目標が決まる高校2年

目標が明確になると、その後の進路について具体的に自分自身で考えられるようになります。
ところが、高校2年生の段階では棒高跳び選手として記録を伸ばせる大学には到底及ばず、担任の先生からは苦言を呈されることになります。

言葉が奇跡を生む

高校3年生になり、周りは部活も引退しているなか、部活継続をしていることに焦りを感じて担任の先生に相談したところ、意外な言葉が返ってきました。
「君は、スポーツを続けることが受験勉強」
その言葉に背中を押され、8月の国体予選まで続け、翌日からモードを切替えました。
朝、起きて登校前、母の職場で勉強、下校後、夕食・入浴を済ませ、母の職場で11時まで勉強。3教科に絞りストイックに勉強。
そして12月には第一希望大学Aランクへ。その受験勉強の経験は彼のその後の姿勢につながっています。

大学で専念したことで生まれる新たな道

大学4年間は棒高跳びに専念していました。卒論をきっかけに、研究に目覚め、大学院へ進学し、今は大学制度を最大限利用して、積極的な研究に臨んでいるようです。

振り返ってみると…
小学校の時に出会った担任の先生に認められることで、小学校教諭を目指し始めてからここまで、目標や夢を否定しない先生方との出会いで、大学に進学できました。
「認められる」ということは、人や社会への信頼感をもつことができるようになり、他人も認められるようになり、よりよいコミュニケーションができるようになります。
指導者として、子どもと向き合っている私自身も大いに刺激を受けた先生方です。

まずは、子どもたちの夢や目標を聞くことからでしょうか。