職員紹介

川間弘子
筑波大学大学院教育研究科修了
研究テーマ:ベテラン教師と新人教師の評価の観点の違い

免許・資格


  • 小学校教諭二級普通免許状
  • 中学校教諭一級普通免許状(国語)
  • 養護学校教諭専修免許状
  • 言語聴覚士免許証
  • 心理リハビリテイションスーパーバイザー、学校心理士

主な職歴


昭和62年4月1日~平成5年3月31日
東京都新宿区立新宿養護学校勤務
平成5年
東京都教育課程基準編成協力委員(養護・訓練)
平成5年4月1日~平成5年12月31日
東京都立江戸川養護学校勤務
平成6年1月1日~平成8年12月31日
山口県立防府養護学校勤務
平成7年3月20日~
つばき教育研究所山口分室(現 やまぐち発達臨床支援センター)現在に至る
現在
山口コ・メデイカル学院言語聴覚学科非常勤講師
山口大学教育学部非常勤講師
山口県立大学非常勤講師
至誠館大学非常勤講師
中村女子高等学校専攻科 看護科・福祉科 非常勤講師
山口学芸大学非常勤講師
防府市社会福祉協議会心身障害児通所施設 なかよし園
防府市社会福祉協議会評議員
山口県発達障害者支援地域協議会委員

養護学校での教員経験が今の私の原点

中学校教諭(国語)と養護学校教諭の免許を取得し大学を卒業後、小学校、中学校の教員となり、多感な年齢の学生と向き合いながら様々な経験から、『本音でぶつかることと本音を知ることが教育の原点』であることを学びました。
その後、東京都の教員採用試験を受け養護学校中学部国語科で採用になり、東京都新宿区立新宿養護学校に籍を置くことになりました。ここでの教員生活は今の私の原点となります。
寝たきりの音声言語で表現することが難しい子どもたちと接し、本音しか通用しないことを経験しました。それは、以前出会った中学生たちと同じでした。教育の原点です。
寝たきりの子どもたちを前に、教師という肩書きだけでは何もできないことを痛感し、一年目に身体の訓練を学び、学習指導、食べることに困難を抱える子どもたちへの摂食指導を猛勉強しました。この時の学びは今の心理リハビリテーションやつばき教育研究所理事長宮城武久先生や教材の神様の水口 凌先生との出会いにつながっています。
さらに新宿養護学校3年目に、もっと子どもたちによい訓練や学習指導ができるようになりたいと、専門性を付けるために筑波大学大学院に入学し、運動障害を専門に学んできました。

山口県での新たな人生

平成6年、東京の養護学校を退職し、山口県の養護学校に勤務することになりました。毎年、重度の子どもたちの担任になり、数名の子どもたちを見送ったこともありました。子どもたちの生きてきた軌跡を残したく、子どもと歩んだ1年間の記録を全国誌に書き、ご家族にお渡ししたこともありました。

つばき教育研究所山口分室スタート

山口県に来て一年が経ったころ、ある養護学校の保護者の方からの紹介で、徳山(現周南市)の5人のお子さんのお母さんから学習指導のご依頼がありました。しばらくは学校に勤めながら土日の休みに5人の子どもたちの学習支援を始めました。東京都の教員時代に勉強させていただいた、つばき教育研究所の宮城先生からの後押しもあり、つばき教育研究所山口分室として出発しました。
平成8年12月、養護学校を退職し、分室の仕事に専念しました。当初は自宅で行っていましたが、すでに40名程の子どもたちが来ていました。
平成9年3月に息子が生まれましたが、開所したばかりであったため、5月から自宅1階でシッターに見てもらいながら2階で指導していました。
娘が誕生した平成12年はNPOの認証を受け、現在の建物にセンター移すことになりました。この時、すでに100名を越えている子どもたちが在籍していました。

寄り添い、共に喜び、支援する

現在、大学や専門学校での授業、講演で100名規模の人前で話すこともありますが、大学時代に児童文化研究会でやっていた人形劇や卒業後に声優養成所研修生として芝居をしていた経験から、同じ内容でも受講者によって話の組み立てや切り口を変えてお話しています。だれも退屈しない授業を志し、反応が良かったときは、今日一日いい仕事ができたなあと満足感があります。
愛情のある家族の中で育ち、その後の社会経験から、人の表情を読み取る力が身についてきたのか、子どものちょっとした仕草、お母さんのいつもとどことなく違う仕草や表情を敏感に感じ、すぐに話しかけるようにしています。ご家族に寄り添い、継続的な支援を心掛けています。


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